ポルノって何ですか?BLはポルノですか?図書館は何を提供しますか?

1つ前の記事のコメントにレスを返そうと思ったのですが、自分の認識をはっきりさせるためにも図とか描いた方が早いとか思ったので新エントリ。


まずは、頂いたコメント。

ちょっと意見を。図書館学的には、「わいせつな書籍も図書館にあっていい」というのが結論だよね。けど現実の図書館には「(あくまで一例だけど)あからさまに女性の裸が描かれたエロマンガ」が置かれることはない。なぜ?わいせつな本は図書館に置かないという歴史があるから(http://d.hatena.ne.jp/machida77/20081115/p1)。 BLであろうと、そうでなかろうと、もしわいせつであれば、BLも男性向けも同様に、図書館には置かない。 ここまではOK?
問題となるのは
1. 同様の方法で図書館の自由が侵害されてはいけない
2. BLはわいせつか?
という2点だよね。
1. については、府がわいせつな書籍を有害図書と定めてしまえば、図書館の慣例上は問題とならないはず。例えば今回の堺市の混乱は、BL本が条例で取り締まられる有害図書から抜け落ちてきたことが一因だと思う。(有害図書と定めることによって表現の自由が侵害されるおそれがあるという人も居るかもしれないが (私はそうは思わないけど)、それは図書館の自由とは別の問題。)
2. について。全てのBLがわいせつだと言うつもりはないけど、あからさまにわいせつな絵や帯、キャッチコピーをもつ場合、その書籍はわいせつであるといって良いよね。ここで有害とは「性行為を連想させる姿態」とか、「同性間の性行為」とか、そのあたりだろう。それ以外でも人によってはわいせつと思う場合もあるだろうけど、運用しやすい明確な判断基準としてはそんな所だと思う。

理想はさておき、実際のところどうなの?っていう話ですね。


さてまず確認事項。
以前のエントリにも書いたとおり、いかなる小説も現時点では「わいせつ本」や「有害図書」ではありません
詳細はこちらをどうぞ。
18禁じゃないのは男同士だからでも女性向けだからでもなく要件満たしてないから - かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)
で、今回話題になっている「有害とは」何かといえば、まあこれでしょう。1項が個別指定。2項が包括指定というやつですね。(多分)

大阪府青少年健全育成条例第13条第1項≫
第13条 知事は、図書類の内容の全部又は一部が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該図書類を青少年に有害な図書類として指定することができる。
(1)青少年の性的感情を著しく刺激し、青少年の健全な成長を阻害するもので、規則で定める基準に該当するもの
(中略)
大阪府青少年健全育成条例第13条第2項≫
2 前項の規定にかかわらず、次に掲げるものは、青少年に有害な図書類とする。ただし、その内容が主として読者又は視聴者の性的感情を刺激するものでないと認められるものについては、この限りでない。
(1)書籍、雑誌、コンパクトディスク又はデジタルバーサタイルディスク(以下「書籍等」という。)であって、全裸若しくは半裸での卑わいな姿態又は性交若しくはこれに類する性行為で規則で定めるものを描写し、又は撮影した図画、写真等を掲載し、又は記録するページ(表紙を含む。以下同じ。)等の数が当該書籍等のページ等の総数の5分の1又は合わせて30ページ以上を占めるもの
http://www.pref.osaka.jp/koseishonen/jorei_public/hokatsu/jourei13.htm

特にポイントと思われるのは太字部分と別に定められている「規則で定める基準」「規則で定めるもの」*1
これを要約すると、

全裸または半裸、あるいは陰部または陰毛を露出または強調しているか、臀部を露出または強調しているか、自慰を描写しているか、女性の排せつを描写しているか、陰部、胸部または臀部へのせっぷんまたは愛ぶの姿態がある、あるいは性交または性交を明らかに連想させる行為か、サディズムまたはマゾヒズムによる性行為か、強姦あるいは強姦を明らかに連想させる行為・強制わいせつ行為を描写した図画、写真等を掲載したページ(表紙含む)が書籍全体の5分の1又は合わせて30ページ以上を占めるもの
18禁じゃないのは男同士だからでも女性向けだからでもなく要件満たしてないから - かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

となります。「規則で定める基準」「規則で定めるもの」*2を見ると、文字表現は「有害指定」の根拠にならないなりにくい*3んですね、どうも。*4
そして、前項にもあるとおり

ただし、その内容が主として読者又は視聴者の性的感情を刺激するものでないと認められるものについては、この限りでない。
http://www.pref.osaka.jp/koseishonen/jorei_public/hokatsu/jourei13.htm

となります。


以上をふまえた上で、混乱を避けるために、これ以降「ポルノ」=「性表現が主となっている作品」とします。何かを表現する手段では無く性表現それ自体が目的となっている作品、ということです。(まあ、実際のところ主従の判断は分量でするしか無いとは思いますが…)


さて、その上で、コメントにある「あからさまに女性の裸が描かれたエロマンガ」=ポルノコミックが置かれないのは、基準に従って業界が包括的に18禁指定している、または(推測ですが)わずかながら上記のエントリで言及されている「有害図書指定」に抵触する恐れがあるため、収集・提供を控えていると考えられます。つまり既に(一応は)明確な根拠があります。
この有害指定は当然BLコミックについても同様に行われますし(業界規制は、現在のところありませんが)、現時点でBLコミックを提供している公共図書館は無いようですから、これは問題にしなくてもいいでしょう。
どうもこの議論でBLコミックとBL小説はかなりの確率で混同されているようですね……。


では、いわゆるポルノ小説(フランス書院文庫美少女文庫などの作品)はどうかというと、これらを図書館に入れない<明確な根拠は無く、コメントで示されたmachida77さんのエントリ(図書館はなぜBL小説を受け入れたのか・その他の問題 - 火薬と鋼)にあるとおり、慣例的なものでしかありません。条例などの根拠は無く、単なる図書館側の慣例的自主規制に近いです。
しかも、その規制の方法は、多分にイメージと出版社側の販売戦略(ポルノは特定のレーベルから出す、分かりやすいタイトルやパッケージを付ける)によっている部分が多いのではないかと思われます。タイトルとか、レーベルとか出版社とか。
例えばフランス書院文庫の作品を、ハードカバーにしてそれらしいタイトルを付けてフランス書院以外の名前で出せば、通ってしまう可能性は高いのではないかなぁ。*5
つまり、今までの図書館内でのポルノ規制自体、かなりいいかげんだったということです。(それが、いいとか悪いとかではなく)


そして、コメントで挙げられた問題点。
1.については、有害指定の話になっているようですが、BL小説は現在の条例では取り締まれません(1冊の30P以上が挿絵かつエロシーンという破格のBL小説が出てこない限り)し、ポルノ小説自体が法的根拠で入っていないわけではないので論点がずれています。
それでもどうしても、(男性向けポルノ小説と同様の)包括指定(もどき)に近い形で、というのであれば、レーベルで区別するしかないでしょう。または、利用者の視線に配慮するのであれば、(表紙・挿絵も表現内容の一部であるとして)半裸以上の性行為を連想させる姿態が表紙または挿絵に一定量以上存在する、などでしょうか。これは図書館内やBL業界内で調整していくしかないでしょうね。内容によらず全てを「アウト」にすることだけは避けなければなりません。
2.について。これは「BLがわいせつか?」ではなく「何がポルノか?」を考えるべきでしょう。同性間の行為であるか異性間の行為であるかは、有害図書指定基準にもありませんので。BL小説だろうがジュブナイルポルノだろうが、昔ながらのポルノ小説だろうが、ポルノの基準に違いがあるとは思いません。*6
で、これについては既に述べたとおりです。現実的には、分量で判断するしかないでしょう。作品中の何%が性行為の描写だったら、というような定義です。この割合は、既に図書館で受け入れを自主規制しているような「ポルノ小説」を参考にするしかないでしょうね。
で、自分的「何がポルノ?」の定義はこの図のとおりです。
「旧来のポルノ小説」ってのはうまく表現する言葉が見つからなかったのですが、いわゆるフランス書院文庫的な作品のことです。
20090102015246
BL小説の中の白い部分、これは性描写などが少ない、または全く無いBLです。これを図書館に入れることは(有用な図書を入れろ!という議論はさておき)問題無いでしょう。
BL小説の中のピンクの部分、これは性描写が過激な、性描写を主としているようなBLです。これは、図書館に入れるのは控えるのが、現実的でしょうね。これまでの慣例に従う限りは。

で?BLはポルノなの?ポルノじゃないの?

上の図のとおり、自分は「BLの一部はポルノでもある」と考えています。
ただし、この場合の「ポルノ」とは、「(目的を問わず)性愛描写のある作品」であり「性表現が主となっている作品」です。
今回の議論では、(特に2chなどのBL叩きでは)「(男性向け)ポルノ」=「マスタベーション(抜くため)の道具」という認識が強く、それをBLに当てはめて「BL」=「(女性向け)ポルノ」としているものが多かったように思います。
この場合、「違います」と言わざるを得ません。
この誤解が生じた原因のひとつは、女性向けポルノと男性向けポルノの違いにあると思います。上の図でも分かるとおり、男性向けポルノのジャンルはポルノの中にすっぽり入りますが*7、女性向けポルノのジャンルはそうではないんです。
特にBLは、「ポルノじゃないBL」から発生して、「ポルノでもあるBL」の方に範囲をだんだん広げてきたため、読者的にも出版社的にもポルノという意識自体が低いです。多くのBL読みは「BLで抜く…?え、なにそれ」って感じです。
「ポルノじゃないBL」にも多少の性描写はあるけれど、それは「恋愛感情がそこまでいっちゃったんですよ!それだけ特別なんですよ!」という表現だったり「愛情を確認するためのコミュニケーション行為」だったりするわけです。*8 で、それがポルノ(というか官能小説)っぽい要素も持っていて、その部分が肥大化した結果が現在増えつつある「ポルノでもあるBL」なのではないかと。最初はポルノじゃなかったけど、評判いいし、そういうシーン増やしたりしてたら、気づいたらポルノにもなっちゃった!(てへ)ってなもんです。
だから恋愛小説のつもりで図書館にリクエストしちゃったり、図書館側でもポルノじゃない方から少しずつ増えてくると「BL小説もう入ってるし、いいか」となってしまうこともあるわけです。BL業界の流通量的にもかつては「ポルノじゃないBL」が主流で、だんだんに「ポルノでもあるBL」が増えてきたことも、無関係ではありません。
これによって、いくつかのBL叩きの言論にも答えられると思います。(不快感によるものはさておいて)

  • なんでリクエストしたり借りたりできるの?恥ずかしくないの?

リクエストした腐女子にとっては、恥ずかしくない(ポルノじゃない)範囲の認識だったんだと思います。多分。

  • 図書館でオナニーしてんじゃねーよ
  • 図書館の本でオナニーしてんじゃねーよ

してません。ていうかそれは腐女子とかじゃなく一般的なマナーの問題。むしろその発想を問い質したい。

  • BLはむしろ同性愛への偏見を助長してるんじゃない?

これは、男女の恋愛小説とかポルノが、異性間恋愛への偏見を助長してるんじゃないの? と同程度の問題だと思っています。個人的には。美男美女しかいなとか、アブノーマルな行為とかね。だって……、ポルノ小説みたいなことするの? 一般的に。いや、してもいいけど、相手の同意を得てからにして下さいね、ほんと。


……と、ここまで書いてから、上の図に百合小説が入ってなかったことに気づきました。あとJUNEも入ってないね。まあ、細かいことは気にしない方向で。
ていうか新年初のエントリが「ポルノ」って……。しかも、叩いてるような人たちはとっくに興味を失ってるよね。

図書館側の「実際のところ」

いまさらついでに、図書館側の事情についても少し。
今回の議論で「BLなんかより、もっと有用な本を入れろよ」と言った意見もありました。
まあ、この意見自体には、「何が有用なの?」とか「その考え方では全ての娯楽書は「有用じゃない」ことにならないか?」といった反論もできるわけですが。それはさておいて。


公共図書館を運営していく上で必要なものは何か。ぶっちゃけ「数字」です。
利用者数貸出し数貸出率回転率 etc etc
これらを上げないことには、運営主体であるところの自治体からご予算が頂けません。
では、これらの数字を手っ取り早く、分かりやすく上げるにはどうすればいいか? 利用者の求める本を多く入れればいいわけです。お客様満足度を上げればいいわけです。つまり? リクエストに応じればいいわけです。人気図書には複本を用意して、お待たせしないようにすればいいわけです。そうすればお客様=利用者はリピーターになってくれます。本を借りて、またリクエストも出してくれます。「市民の声を聞く公共施設」という名目だってできます。なんて素敵!


これに偏って努力した結果が、今の多くの公共図書館なわけです。
もちろん、図書館側だって問題意識は持っています。それ以外のサービスや、蔵書の充実(バリエーション的な意味で)でお客様満足度を上げようとしている図書館も多くあります。「リクエスト偏重主義ってどうなの?」という議論もあります。
価値論(なるべく有用な図書を)と要求論(利用者の求める図書を)の戦いは、図書館界ではそれなりにホットな議論です。でもって10年とかにわたって議論しながら、究極の結論は出ていません。
つまり何が言いたいかといえば、図書館をそれほど利用もせず、図書館の現実も知らない人間が「もっと有用な図書を入れろ!」と切って捨てていいような問題じゃないってことです。*9
あなたにとっての「有用な図書」は多分既に図書館にあります。無ければリクエストして下さい。その権利があなたにはあります。
でも、他の人が必要とする図書を制限する権利は、誰にもありません。


でも、予算には限りがあるから……、って?
リクエスト予算とそれ以外を分けないほど、図書館も馬鹿じゃないと思いますよ。
そして全てのリクエストは平等です。BL小説のリクエストが他のリクエストより優先されるなんてことは、ありません。


最後に少々思考実験を。
お小遣いが月に1000円しかない、中学生がいたとします。1000円あれば、月に1冊程度の娯楽小説は買えますね。
が、その子は感心にも、お小遣いを貯めて参考書を買うことにしました。*10
とはいえ、娯楽図書も諦めきれません。なのでどうしても読みたいライトノベルを、図書館にリクエストしてみることにしました。
この中学生を責める理由は何ですか?

*1:2008/01/04 19:00 訂正

*2:2008/01/04 19:00 訂正

*3:2008/01/04 19:00 訂正

*4:誤解を招く記述があったため修正しました。とはいえ前例をみてもなりにくいのは確か。多分、文章表現だと判断に恣意的なものが混じることを排除しにくいからではないか、と。

*5:ちなみに、BL系を出してるのは「フランス書院」じゃなくて「プランタン出版」らしい。明らかに同じなんだけど。まあ、これもひとつのイメージ戦略でしょうね。

*6:個人的不快感や自重意識は、公共図書館に押し付けるものではありません。何度も言っていますが。何を不快に思うかなんて、千差万別です。はたから見れば暖かい家族団らんに不快感を感じる人間だって、います。

*7:あくまでも自分認識です。念のため。男性向けで白いBLにあたるものが思い至らない……。そもそも男性向け恋愛小説って…うーむ。腐かどうかに限らず、女性の方が他人の恋愛沙汰にきゃっきゃうふふするのが好きだよね、何故か。

*8:少年愛の流れを汲む、いわゆる「純愛の表現としての性表現」。愛情表現が主であって性表現は従。つまり「主として読者又は視聴者の性的感情を刺激するもの」ではない。

*9:そうじゃない人がいることも、ちゃんと分かってますが

*10:ちなみに、図書館では参考書は買ってくれないことが多いようです。多種多様で、毎年改定されるものですし、買っても利用者に満足に提供できない状況が予想されるから、ではないかな。