東京都は実際のところ何を規制したいのか。

非実在青少年騒ぎも下火になってきたあたりで、覚え書きを兼ねて少々。

青少年健全育成条例改正案についてはしっかり説明されているところがいくらでもあるので、そちらに任せるとして。
どうにも疑問かつ誤解されていると感じるのは、「東京都は実際のところ何を規制したいのか」ということ。

現状の健全育成条例

現状でも東京都には青少年健全育成条例があって、不健全図書類の指定というのをしています。しかもこれが結構広い。
不健全図書類の指定には包括指定と個別指定という種類があって……というのは過去の記事で書いているのでそちらを見てください。包括指定で全体を押さえ、特に悪質なものや一目ではそれと分かりにくい物などを例示として個別指定で挙げるというのが、実際の運用っぽいです。
現状の包括指定および個別指定の条文は以下のとおり。
東京都青少年健全育成条例(PDF)

<包括指定>
図書類又は映画等の内容が、青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認めるとき
<個別指定>
図書類又は映画等で、その内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの

で規則で定める基準、というのがこちら
条例施行規則(PDF)

著しく性的感情を刺激するもの次のいずれかに該当するものであること。
イ全裸若しくは半裸又はこれらに近い状態の姿態を描写することにより、卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。
ロ性的行為を露骨に描写し、又は表現することにより、...(同上)
ハ電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に卑わいな行為を擬似的に体験させるものであること。
ニイからハまでに掲げるもののほか、その描写又は表現がこれらの基準に該当するものと同程度に...(同上)
<以下残虐性・犯罪性について同様の規定あり>

なんでPDFなんだよめんどくせえ、というのはさておいて。
「普通の作品まで18禁化する気か!」という反対派の懸念に対し、東京都側は「あくまでも子どもに見せたくないような悪質な作品を規制するもの」と強調しています。
でも、そういう本って現状の条例で十分引っかかるんじゃないすかね? 特に個別指定とかかなり幅広いし。性的感情を刺激するために作ってるエロ本は当然のこと、まあ某クェ○イサーとかばりばり引っかかりそうに思える。卑わいですよねぇ…。もちろんそこがいいしそれだけじゃないんだけど。それが悪質だというなら、個別指定して指導すればいい。
強姦とか刑罰法規に触れるような行為の描写ってのも、性的描写ではなく「犯罪を誘発する」の方を使えばだいたい押さえられそうな気がする。
じゃあ、この改正で何を規制したいの??
旧条例では規制できなくて、新条例で規制できるものは何?
結局は何度も繰り返されている追加部分でじょうかね。
新旧条例比較(PDF)

漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、...

もちろん新旧条例ともに小説も実写も基本的にはあてはまるはず。ただし「刑罰法規に触れる〜」以下は「漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)」だけが該当します。わけわからん。
まあ現状でも実質的には有害図書≒漫画、ですけどね。
小説なら強姦をどんなに「不当に賛美しまたは誇張」してもいいのか?あ、もちろん「著しく性的感情を刺激」せず「人格を否定する性的行為を容易に連想させ」ない範囲で。はっ、まさかさりげなくこの記述が削られてたりして……。
あと、改めて見てみたら都の指導権限がさりげなく拡大されているような。。。
(2010/12/24追記)コメントで気づきましたが、改正案での「性的感情を刺激し〜」と「刑罰法規に触れる〜」はそれぞれ別項なんですね。つまり、「刑罰法規に触れる〜」以下はまったく「性的感情を刺激し」なくてもいい。ストレートに言えば、エロいかエロくないかは関係ない。それがコメディ的であろうと、誰もが涙する切ない恋物語の一場面であろうと、誰もが嫌悪感を催す陰惨なものであろうと*1、近親相姦とか刑罰法規に触れる*2「性交若しくは性交類似行為」を、都が「不当に賛美している」「誇張している」「青少年の健全育成によくない」と考えたらNG。成人指定棚直行(ただしコミックに限る)。……いつの時代の言論統制ですか。
しかしそうなると「エロ本を規制するだけだ」と言わんばかりの都の表現は全くの詭弁ということになります。

説明責任的なこと

春先に一旦出された条例が否決されてから、東京都の職員が改正条例に関してPTAだのの団体を「説得」して回ったそうです。これが違憲じゃないか、みたいな話も出てます。
都知事を説得した職員に疑問の声 - ライブドアニュース
ただこの、「説得」の内容もだいぶ問題があったんじゃないかなぁ、という気配。
どうも、都の職員や警察は現状既に18禁指定されている成人指定コミックやなんやを見せて回ったという話があります。実際、条例改正案がテレビで取り上げられたときも、並んでるのは成人コミックばかり、というテレビ局もありました。しかも幼女もの・近親相姦ものものとまあ反射的嫌悪感を催すラインナップ。
それは、嘘じゃないけど、本当じゃないよね。だってそれらは既に「子どもに買わせてはならない」ことになってるんだから。現状の条例では何が不足なのかを示さないと説明責任を果たしたとは言えないのでは? まあ、公平な「説明」じゃなく一方的な「説得」ならそれも一手段かもしれないけれど。
そりゃ、18禁コミックを普段見ないようなお母様方がいきなり見せられたら「不健全だわ!」ってなりますよ当たり前ですよ。でもお母様それ今でも子どもは買えないから!
その上で「(今ご覧になったような)有害図書を規制すべきと思いますか?」って聞いたら。「まあ有害なものはねぇ」ってなるし!問題は「何を有害とするか」なのに。


あと、「エロを描きたいから反対してるやつらの言うことなんて聞く必要は無い」とか言った政治家がいたみたいですが、エロを描きたい云々以前にその人たちは有権者であって納税者でしょうよ。。

というわけで

説明責任も果たさず、非常に偏重した拡大が加えられた改正条例には反対です。(言うまでも無い)
内容を十分見て判断するっていうけど、「これは賛美してるからNG」「誇張してるからNG」「こっちは悲惨さを描いてるからOK」「控えめだからOK」ってそれこそ逆にお上による表現規制そのものでは?


今後の反対派の動きとしては、条例自体に違憲表現の自由・子どもの知る自由)の疑いをかけつつ、成立過程の不透明さと説明不足を追求し、反対意見を表明し、濫用されないよう見守って行くということになるのでしょうか。アニメフェアのボイコットを表明した出版社が旗振りをしてくれるといいんですけどね。

余談

BLを有害指定するぜー!って気炎を上げてた大阪府が毎月出してた有害指定図書を半年以上も出さず、いまだに沈黙しているのが不気味。

*1:表現において「誰もが」なんてのは詭弁というのは置いておいて

*2:まあつまりは未成年との