27ページ210円の電子書籍から適正価格を考える

先日iPadを購入し、電子書籍ストアを彷徨ってはお高い値段になかなか購入までは踏み切れない今日この頃。
先日ブックフェアで京極夏彦先生の電子書籍談義を聞く機会などもありまして
京極夏彦氏ら、電子書籍ビジネスを斬る - Togetter
ぐるぐる電子書籍とか電書ストアとかのあるべき姿について考えていたわけですが、さすがにこれはないんじゃないの? という物件に行き当たってしまったのでそろそろ語ってみようと思います。

27ページ210円の電子書籍

その物件、27ページ210円のコミックです。*1
コミックの電子書籍価格は、一般的に1冊500円前後ですから、これはとても安いです。
……が、よくよく目を凝らすと、「前編」「後編」。
説明書きを読むと、雑誌掲載の読み切り作品1本を切り出して配信している形式だということが判明。
高いよ! 売る気あんのか?!

とはいえ、買わずに文句を付けるのもなー、ということで、試しに購入。
結果は、27ページ読み切り。iPadでちょっと拡大すると粗が見える程度の解像度。
しかも単行本で既読だった!!!
……非常に、虚しい気分になりました。

価格比較してみる

とりあえず他の販売形態と比較。
一応、基準は電子書籍を出していた会社のものです。*2

販売形態 販売価格 ページ単価 1話単価
1話売り電子書籍 210円 7円 210円
雑誌 790円 2円 39円
コミック単行本(書籍、電子書籍とも) 630円 3円 79円

※雑誌:目次には20ほどのタイトルあり。350ページ前後と見積り。
※単行本:約200ページ。短編8本収録

やっぱり、27ページ210円は、高いんじゃないでしょうか?

電子書籍の値付け

さて、一般論。
電子書籍の値付けには、(紙の)本と(ほぼ)同じ値付けのものと、電子書籍独自の価格体系のものがあります。
後者には本より高い系と本より安い系がありますが、現在の傾向としては、本の価格より電書価格の方が高めの設定が多いようです。
紙の本と同時に出すと仮定すれば、本の価格=電子書籍価格、という設定にも一理あるように思えます。
曰く、電子書籍を安くすると本が売れない。
曰く、同じ物を別の価格で売るのは(本のユーザーに)悪い。
曰く、安くしても市場が狭いから売れない。
曰く、電子書籍を作るにも特有のコストが。
しかし、その先に罠があります。
紙の本は、出てからしばらくすると、価格が変わるのです。
中古とかではなく、新品が。いわゆる文庫落ちです。
ハードカバーが1200円としたら、文庫は700円前後? もっと安いかも。
まあ、ハードカバーは紙の質もよく、立派な装丁で長持ちしますし棚に並べてもカッコいいですから、それもいいでしょう。*3
が、ここに本の価格=電子書籍価格という式を持ち込むと、話が変わります。
既に文庫落ちした作品は700円で、ハードカバーの新作は1200円で電子書籍ストアに並ぶのです。

例えば、大手の電子書籍サイトで有川浩*4の作品を探してみた結果がこれです。
http://booklive.jp/search/keyword/a_id/5956
阪急電車』        269ページ 525円
『ヒア・カムズ・ザ・サン』 198ページ 1,092円
そもそもこの「ページ数」が何を指すのかさえ、電子書籍においては曖昧ですが*5、ここまで来ると、ものの価格として成り立っていないということは、誰しもが感じるのではないでしょうか。
単行本価格で売られているコンテンツは、数年後にどうなるのでしょう?
文庫化に合わせて値下げするのでしょうか?
まったく同じフォーマットなのに?
その値付けは、何に対するものなのでしょうか?
何故あちらの本は1,092円でこちらの本は525円なのですか?と読者に聞かれた時、出版社はその答えを持っているのでしょうか。


我々は「何」を買っているのか、出版社は「何」を売っているのか

我々は、「本」を買います。主目的はそこに収録されたコンテンツです*6が、紙でできた、出版流通に乗る「本」には様々なものがついて回ります。
紙、インク、それらで構成される「印刷物」、造本、、装丁、組版、目に麗しいカバー、購買意欲を煽る帯、おまけペーパー、輸送、取次マージン、書店マージン、編集者の血と汗と睡眠時間、営業の靴底、書店員のバイト代 etc,etc
挙げていったらキリがない程の製造コスト、人件費、返本・廃棄されるリスクコスト、膨大なコストが乗ります。
これらは雑誌等でも言える事ですが、更に一人の著者が一冊を書き上げ、編集者によってまとめられ、その作品専用のデザインが為された「単行本」ともなれば、雑誌連載や読み切りとはまた違った味があり、世界があり、価値がある、というのは共通認識といっていいでしょう。
その上で出来上がった「本」という「モノ」が売られています。
その「モノ」は大事に扱えば数十年読めます。
インテリアにもなります。枕にもできます。
必要や愛着が薄れたら古書店に売って次の本を買えます。
自炊することもできます。
そういう「モノ」です。
コンテンツに加えて、そういった「モノ」の所有権を我々は買っているのではないでしょうか。


一方、電子書籍で我々が買うものは、「コンテンツそのもの」にかなり近いものです。
当然、編集者の苦労、電子書籍化のコスト*7、販路の管理コスト、電書ストアへのマージン、などなどのコストは無くなりはしません。
一旦電子出版してからも、後から後から出てくる端末に対応する手間もあります。*8
でも、それは「本」に比べたら全体コストとしては少ない、と思います。
しかも現在販売されている電書はおそらく、本よりずっと早く、読めなくなります。
端末がサポート対象外になったら、フォーマットが古くなったら、電書ストアのサービスが終了したら。所有者がどんなに努力しようと、現実問題として読めなくなります。
十数年前に買って、今では本棚の肥やしとなっているCD-ROM版エキスパンドブック『シャーロック・ホームズ全集』が全てを物語っています。*9
端末があれば何百冊でも持ち歩けますが、端末が無ければただの暗号です。
電子書籍で「PCでもiPhoneでもiPadでもAndroidでも!」というような煽りがありますが、あれは逆だと思います。
真相は「PC、iPhoneiPadAndroidでだけ!」
端末*10が無ければ、読めない。
そういう特定条件下でしか使えない限定的な加工済み「データ」の状態で販売されていています。*11


そんな中で出版社の方々におかれましては、「編集者の血と汗が…」「違法コピーリスクが…」「規模の経済が働かないし…」「書店との付き合いもあるし…」「文化を守るために…」などと言って、読者に不自由を強いるその場しのぎの電子書籍を売るわけです。
27ページ210円で。
モノ売るってレベルじゃねーぞ


売る側の事情でしか無いリスクやコストを、これほどまでに買う側に責任転嫁する市場があるでしょうか。
夜間は万引き率が高いからといって値上げをするコンビニがありますか?
新規参入の出版社だからと言って、起業コストを上乗せして単価を引き上げますか?
市場が成熟しないとか言うけどもう10年以上売ってますよね?
携帯コミックとか売ってましたよね?*12
ニーズは既に明らかですよね?

電子書籍の適正価格は?

今のところ分かりません。
誰にも分かってないんじゃないでしょうか。作家にも、編集にも、電書ストアにも。

でも少なくとも、本を限定的にシュミレーションするだけの電子書籍*13であれば、もっと安くていいはずだ、と思います。
現在の電子書籍ePubなどで文字が画面サイズに合わせて流し込まれるタイプが一般的ですが、写真の多い雑誌の版面をそのまま取り込んだものなどは、端末ごとに最適化もされないのですから、もっともっと安くていい気がします。ましてやそのiPhone版などと言ったら…。*14
iPad最適化組版されたものがあれば、その最適化分の価値が上がるかもしれません。
iPadでしか読めない不自由さで価値が下がるかもしれません。
短編1本での配信は短編集より価値が高いのでしょうか? 低いのでしょうか?*15
そういったことをいちいち考えて、値付けがされるべきだと思います。


高い高いと文句ばかり言っているようですが、コンテンツを買い叩くつもりは毛頭ありません。
もしかしたら、既存の「本」がその内在的価値に比べて不当に安いのかもしれません。*16
もしかしたら、本より高値な電子書籍は実はハイパースーパー便利で自分がそれに気付かないだけなのかもしれません。*17

いずれにしろ、それを売って、商売をして、利益を上げて継続的に、ということを考えていったら、もっとマシな価格の出し方が、売り方が、電子書籍のあり方が、あるように思うのです。
それは多分、コンテンツそのものの価値を計る、ということと不可分でしょう。一読者でしか無い自分には「これが正解」などとは口が裂けても言えません。
でも作家は、そしてコンテンツバイヤーである出版社には、それをしなければならない責任がある、と自分は思います。


読者の皆さんは、電子書籍、いくらなら買いますか?

*1:ちなみにBLでした

*2:マーケティングしてやるようで悔しいので固有名詞は出しませんが、中堅どころの出版社です。

*3:場所を取るから厄介、という話もありますが。

*4:ちょうど読んでたので。

*5:原稿用紙? 文庫組版? ハードカバー組版

*6:コンテンツの価値論とか語りだすと長いので割愛

*7:たとえデジタルデータで完全入稿しても、組み直しやフォーマット作成のコストはかかります

*8:特にコミック系

*9:先日インストールを試みましたが、Windows2000にインストールするのがやっとで、Macに至ってはOS9環境が無ければ駄目でした。

*10:とそれを動かす電気とネットワークとついでに電書ストアのアプリ

*11:データだからこそ、多様な展開の可能性が、いや逆に違法コピーが、とかは今回は割愛

*12:携帯コミックも端末が変われば読めなくなることを考えると割高だと思ってましたが。

*13:つまり現在販売されている多くの電子書籍

*14:紙の版面を取り込んだだけで600円もする週刊誌とか、ありますよね。

*15:まとめ買いが安いのは「モノ」の基準であって、コンテンツに適用するとどうなるか分かりません。

*16:その可能性は大いにある。

*17:だったらちゃんと分かるように売って欲しい。