特定の図書を排除するということ

  • 2008/11/19:誤解を招く部分があったようなので、記事の構成を少し変更しました。

「BL」の選定基準も曖昧で、もはや個人の価値観による「悪書排斥」でしかない側面が見えてきた図書館BL問題。
個人の価値観で「悪書排斥」を求める市民も市民だし、それに従ったとしか思えない措置を取ってしまった図書館(とその背後にある行政)にも当然問題がある。
とはいえ、匿名市民と図書館をバッシングするばかりでは仕方ない。
もう一つの問題は、「市民の声」を行き過ぎとは感じながらも「なら排除されても仕方ないな」とか、「なんて排除されて当然、むしろ排除しろ」と思う人が多くいたことで、このことが根本の問題に触れるのを難しくしたように思う。しかも、このような声は男性側からだけでなく、腐女子内部からもあった。
では、根本の問題は何か?といえば、「特定の図書を排除する」ということだ。
例えば、

私は一般にミステリーなどと称される作品が不快です。人殺しや死体の出てくる作品を喜んで読み、しかも公共図書館に置くという神経が信じられません。

等という「市民」がいたとしたら?*1 または、そのような理由でミステリを入れない司書がいたら?
実際、「殺人事件が扱われているから」「死体が出てくるから」という理由でミステリを苦手とする人はいるし、「殺人を娯楽として扱うなんて不謹慎だ」という人もいる。*2 大の大人が謎解き小説を楽しむなんて、と見下された時代だってあった。
思想書だって歴史書だって教養書だって、主観的な理由により不快だと思う人はいるだろう。政治関係の本だって、右だとか左だとかの理由で、嫌う人はいるだろう。
当然、そのようにジャンルや個人の快不快を理由にして特定の図書が図書館から排除されることは今のところ無いし、あってはならない。それこそ「言論弾圧」「思想弾圧」というように批判されるだろう。図書館(特に公共図書館)は中立であるべきだ、ということはそれなりに共有されている認識だと思う。
同様に、「BLだから」という理由で排除されることもあってはならない。それだけのことなのだ。官能小説やポルノも然り。
ほんの少し想像力を広げれば、分かることだと思うのだけれど。
自分が怖いと思っているのは、「BLが排除されること」ではない。それを発端にして他のあらゆるジャンルに排除される可能性が出てくること。その方がずっと怖い。どんなに特殊なジャンルでも、ジャンルという主観的で曖昧な基準により排除される前例が出来てしまうことの方がずっと怖い。
「BLだし」とか「BLは隠れて読むものだから」と言って消極的にBLの排除を支持する人も、もう少しこのことを意識しなければならないと思う。「BLだから」という理由で排除されるのを認めるということは、間接的に「ミステリだから」「左翼思想だから」「右翼思想だから」「気に入らない歴史解釈だから」という理由で特定の図書が排除されることをも支持していると取られても仕方ないと思う。消極的に、という前置詞は付くが。*3
BLが私的なものだということも、BLの評価も価値も、「BLが図書館に所蔵される」という事実とは根本的に無関係なのだ。図書館は「価値ある本」だけを収集・提供する場などではない。図書館に入っている=「価値のある、正しい本だ」などと思ってはいけない。
図書館は利用者の親ではないのだから、利用者の読む本を決めることは出来ないし、してはいけない。
利用者も、それを図書館に求めるのは筋違いだ。どうしても子供に読ませたくないのなら、本来は親が言い聞かせるだとか、図書館に同行するだとかすべきだ。それでも借りてくる、というのなら、そういう子供は図書館に無くてもどこかから手に入れてくる可能性は高い。*4 *5


そもそも、図書館において「ジャンル」というものはそれほど意味を持たない。
図書館では蔵書を組織化するけれど、それは扱っている主題や作者で整理するということであって、図書館での分類の下では、ミステリも時代小説も、ライトノベル少女小説もBLも「現代日本文学」でしかない。
少年少女向けの蔵書を別配置している図書館は多いけれど、それだって単に情報へのアクセスをしやすくする*6だとか、子供連れの親が(比較的)周囲を気にせずに子供を連れて来やすいようにとか、その程度の意味しか無い。大人に読ませる本と子供に読ませる本を分けているわけじゃないのだ。
だから「司書にBLの知識が無いのが……」というような批判も、ある意味的外れだ。*7


余談。堺市図書館のその後。

http://www.asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK200811140107.html

堺市の市立図書館が所蔵する「ボーイズラブ(BL)」と呼ばれる男性同士の恋愛を題材にした小説計5500冊をめぐり、市民らから賛否が寄せられている問題で、市立全7館の館長会議が14日開かれ、青少年への影響にも配慮して誰でも自由に見られる書棚ではなく書庫で管理する一方、請求があれば18歳未満にも貸し出す方針を決めた。

なんとか、軌道修正はされている模様。でもこの記事タイトルはどうにかならないものかなぁ。。。せっかくの意義ある結論が隠れてしまうじゃないか。

さらに余談。BL排除に名を借りた少女小説の排除について。

「市民の声」の出所と目される掲示板より。
azaq-net.com - このウェブサイトは販売用です! -&nbspazaq-net リソースおよび情報

過激なBLだけで5500冊だったということか バーク - 2008/11/15(Sat) 21:07:36 No.59981
結局、堺市が書庫入れしたBLは男性同士の過激なセックスシーンが描かれたBLだけのようです。
たとえば下記の堺市立図書館の検索ページにて「書名(タイトル)のところに「コバルト文庫」と入れてみてください。
http://www.lib-sakai.jp/
これだけでも、なんと2214冊がヒットします。BLの書庫入れが決定された後でも、たとえば「少年舞妓」シリーズのような多数の冊数の図書が購入されています。

だーかーら。コバルト文庫=BLなんて言ったら、世の中の少女小説好きが怒るから。BL好きも微妙な顔するから。「マリア様がみてる」もBLですか? でもって、その検索でヒットするのって、書庫に入ってる本も含まれるから。しっかりしてくれ……。
過激なセックスシーンどころか、男性同士の恋愛を扱ったわけではない非BL本さえ、書庫入れされているのは、以前に書いたとおり。


今回の件で記事を書いて、考え始めて、結局のところ「世間」というやつは「女子供だけ」の楽しみを認めたくないのかな、という気がしてきている。女性が(しかも主に若い女性が)自分たちに理解の出来ないものを楽しむ。それが不快で、怖いだけなんじゃないだろうか。それを突き詰めると……、自分としてはとても悲しい結論に、行き着いてしまう気がする。

*1:ていうかいそうだ……

*2:そんな人に「いや、日常の謎とかあるし」「全部のミステリに殺人があると思うな」と言ってもやっぱり通じない、だろうな

*3:もちろん、それも許す、という立場で支持しているなら、それは自由だけど。

*4:書店なら高いからそうそう買えない、と考える人もいるようだけど、今や大抵の本は新古書店に行けば100円で手に入る時代だ。

*5:ちなみに、うちの親はそういうところが本当におおらかというか無神経で、小学生の子供の前に「らんま1/2」と「東京大学物語」、「指輪物語」と菊池秀行作品とかを平気でに一緒くたにして置いておく人だったのだけど。おかげでそりゃもう読書に幅が出た。

*6:書架の高さだとか、本を探すのに慣れていない子供が情報の海で迷わないようにとか

*7:もちろん、児童サービス担当の図書館員であれば、現在の少年少女向けの作品傾向くらいは、知っているべきなのだろうけど、司書が全ての本を読めるわけもない。